素晴らしい生産者が造る、絶品のブルゴーニュワインを見つけました!
DRCで30年にわたり畑の管理と醸造に携わった職人気質の父と、10年間あのプリュレー・ロックのアンリ・フレデリック・ロックの元で修行をした息子が二人で造るボーヌ・ロマネのワイン。
香りを嗅ぎ、ひとくち口に含むだけで、このワインの素性のよさが伝わる造りは絶品!
じんわりと広がる旨みがたまらない!
わずか6280円で、この完成度と旨みを楽しむことができるブルゴーニュには、なかなか出会うことができないと思います!!
DRCの魂を支え続けた、職人気質の父ベルナール
このドメーヌはもともと現オーナーの父ベルナールがDRCで働く傍らボーヌ・ロマネでこじんまりと営んでいたのが始まりです。
そのベルナール氏という人物は、輸入元の方が「毎回、会うのが怖い」と思うほどの頑固な職人気質の方だそうですが、1962年から1992年までの30年間をDRCの社員として栽培、醸造に携わり、DRCの礎を築いてきました。
その彼の働きはDRCがワインを造るうえでなくてはならないものだったため、定年退職後もDRCに請われ6年間引き続き勤務をしてDRCを支え続けたそうです。
ちなみに、DRCの正社員になるのは大変な難関で通常何年もアルバイトをしながら、実力を認められた者だけが社員となれるそうです。しかし、その人数はわずか12人のみ!ベルナール氏がどれだけの実力の持ち主かが伺いしれます。
彼の姿を見つめ続けた多くの後進醸造家たちは「ベルナールは仕事は盗んで覚えろという、まさにアルティザンだったので、実際何も教えてはくれなかったけれども、特に畑仕事に関して神様のような人だった」と語っています。
頑固一徹、妥協を許さない姿が目に浮かびますね。
ロマネ・コンティやプリュレ・ロックと同じ栽培と醸造方法を採用する息子。
「このやり方しか知らないので・・・」
そんな職人気質の父の姿を見つめ続けていた息子クリストフは24歳の時、父ベルナールの意向で、DRCの共同経営者の一人であるドメーヌ・プリュレ・ロックのアンリ・フレデリック・ロックの元に修行に出されました。
10年間の修行を終え、現在ドメーヌを取り仕切るクリストフ・シュヴォーが手入れをするボーヌ・ロマネの畑は周囲の畑とは風情が全く異なると言います。
それは、ただの村名「ヴォーヌ・ロマネ」であるにもかかわらず深くごっそりと耕されており、その様はまるでロマネ・コンティなどDRCの特級畑と同じ。
「とにかく畑を耕して耕して、土に空気を取り込むことです。それが基本中の基本で、かつ最も大事なこと。こうすれば、除草剤も殺虫剤も必要ありません。」
父と二人、家族で細々とやっているドメーヌはDRCのように大勢の人の手を使うことができません。
それにもかかわらず、これだけ手のかかる方法で畑を守るクリストフは
「僕のドメーヌでは、父に教わったDRCのやり方と、僕自身がロック(プリュレー・ロックの当主)に実際に携わったやり方で栽培と醸造を行い、ワイン造りをしています。・・・というか、このやり方しか知らないので」
と語ります。
もちろん、DRCやプリュレ・ロックのような完全なビオロジーは難しいため、かわりにリュット・レゾネを採用したり、醸造中の酸化リスクを避けるためにごく少量のSO2を使用したり、という彼なりの方法も取り入れていますが、完成したワインはまさに彼の理想とする「優しくしなやかなワイン(doux et souple)」!
息子クリストフ氏と父ベルナール氏
ロマネ・コンティを連想させる味わい
私は残念ながらロマネ・コンティを口にしたことがないのですが、つやがあって伸びやかな味わいは「ロマネ・コンティを彷彿させる」とおっしゃる方もいるそうです。
香りはリキュールの甘やかな香りとインクのような濃縮感、そして、時間とともに広がるスミレの花のような華やかなニュアンスが広がります。
飲み口は非常にしなやかで優しくピュアでありながら、余韻が長く、体に染みわたっていくような旨みがあり、それが余韻にまで続きとても豊かな気持ちになるワイン。
小さなテイスティンググラスで味わったにもかかわらず、これだけの膨らみを感じることができたので、大ぶりのグラスだとさらに香りの伸びやかさを楽しんでいただけるはずです!
超少量生産のため、即完売。
評価誌にすら載らないワイン
ところで、このワインですが、生産量が非常に少なく、ヨーロッパのワイン愛好家とフランスのレストラン根強い人気があるため、日本に入荷されるのはごくわずか。
そのため、ワインガイドブックや評価誌には一切ワインを提供しておらず、知る人ぞ知るワインとなっているそうです。
DRCと同じやり方しか知らない、職人気質の父と息子がひたむきに造る「クリストフ・シュヴォー」のボーヌ・ロマネ、是非お楽しみくださいませ!!
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